小話「さいどびじねす、すったもんだ、そなちね」


メインは指圧とか整体の仕事だったわけです。
しかし、それを活かしつつやると、ぐんと成功できるサイドビジネスというのが
健康器具のセールスだったわけです。

今では、指圧や整体をまじえて健康器具を気持ちよくお客様にお納めするのが
私の唯一の、天職とも言うべき仕事だと確信しております。



うかうかしてしまった。丁寧に指圧してくれるのだ、
スーツで。この人は何者だと感じながら、
気分がとろーんとしてしまった。おそろしいことだ。
つまり、私は一回その器具を買ってしまいました。
現金は無かったですから、契約してしまいました。
でもそこで父が、いつも無口で動かない父が、
お前しっかりしろと私を正し、
一緒にクーリングオフしてくれたんです。
すったもんだありましたが、
頼れる父の姿を見られたことが、
思いのほか私はうれしかった。



あの、映画「ソナチネ」の世界ですよね言ってみれば。
無言の二人の間には何か
その、生まれてしまうんですよね。
あたたかいもの、熱いもの。
ですから、先日のお客様がクーリングオフなさったのはきっと、
わたくしとお客様以外の方の意見が
そこに入ってきてしまったんでしょうね。
ちいさな恋の終わりのようなものですよね。
そういうことが絶えない仕事でもあるわけです。私の仕事は。
そうですね・・・
次の恋を。次の仕事を。
スパークさせるしかないですね、あれですよ、
私は燃えています、この恋に。この仕事に。





タマ子の好きな四文字熟語は口座振替でした。
絶滅のおそれのあるイリオモテヤマネコのくせに
タマ子は人間みたいなことを言うイリオモテヤマネコだったので
他のイリオモテヤマネコから少し距離をおかれていました。
たまにみんなで集まってBBQをしても、
だからあの健康器具使いだしてから調子いーんだってほらほら
などと言いながら足を上げ下げしたりする。
ここぞとばかりにサイドビジネスのことを言うてしまうので
自分の言動で場の雰囲気がよろしくなくなったと察したときには
生類憐れみの令生類憐れみの令と連呼しながら振り返らずに去るのでした。


タマ子には猫科のくせに犬がよく近づいてきました。
でも犬は見ず知らずの犬のお尻を嗅いだ鼻をこっちに付けてくるので、
タマ子は少し、嫌だなーと思っていましたが
それをあからさまに表に出すのは失礼極まりないと判断し
生類憐れみの令生類憐れみの令と連呼しながらただ硬直するのでした。
たまにいちばん仲良しの犬がすったもんだの末に傷だらけになって
タマ子のところにやってきました。
タマ子に別の犬のにおいがしたのが原因でしたが、
それを知ってもタマ子は知らないフリをしました。


タマ子は誰からも嫌われたくありませんでした。
ご近所さんにも鼻をクンクンしてくる犬にもカメラを持った人間にも、
嫌われないために何にも知らないフリをしました。必死。
不安になると小学生のときに習った3つのソナチネ第一番ハ長調
を弾きました。すると本当に何にも知らない気がしました。
タマ子はそれに全身全霊をつくしました。
でもそれはあまり成果のでない全身全霊でした。
好きでしょ、みんな、タマ子のこと。
はき違えていました。タマ子は若い。
はき違えていたのでタマ子はいつもひとりでした。
ポイントはタマ子が自分のことしか考えていないとゆう点でした。
これだから。
でもタマ子は嫌われないために全身全霊がんばる。
タマ子がんばれ。