「ま〜も」で物語りましょう

メバルは持って生まれたばっちりメイク顔で、
目張りのキッと入ったキネマ女優のような顔立ちだった。


しかし周りには、
メバルって名前だから自分で意識してそうやって目張り入れてんでしょ、
気合いれちゃってさ


と冷たい目で見る魚もいた。
メバルは水に囲まれて暮らしながらも、
すいすい泳ぎながらも、
濡れ衣を着せられる思いだった。


はじめに「濡れ衣を着せられる」という言い方を言い表した人は素晴らしかったと思う。
その人はほんとにぬれた衣服を着た経験があって、
いわれの無い罪を着せられる感じが
あのぬれた服がまとわりついて重くて私をなんたって阻む感じに
似ている!! と実感したんだろう。
濡れ衣を着せられてつらかったろうが、
その表現力は素晴らしかった。


さてメバルに濡れ衣を着せたその魚、
佐野といったが、
佐野は本当はメバルをやっかんでいた。女優顔になりたかった。


佐野は、こんな話悲しくなるけれど、
海の仲間の身売りの仲介をしていた。
いつも佐野の元に魚介類の買い付けにくるのが
水辺の後藤だった。

「ねー後藤さぁん、実はあたし、お化粧ってのを一回してみたいの。
 ちょっと頼まれてくれる?」

「佐野ちゃんの頼みとあっちゃあ仕方ねえな。」


水辺の後藤は、魚介を卸している小料理屋の女将から、
もう使わなくなった化粧品をもらい受けて、
佐野に届けてやった。


佐野はともかく目張りが入れたくて、
水辺の後藤に後藤さぁんと頼んで、アイラインを描いてもらった。
後藤も後藤だ。


無茶な話だった。
せめて小料理屋の女将が
趣味でシンクロナイズドスイミングをしていれば別だった。
水に強いアイライナーを持っていただろう。


佐野は目張りが入ってうれしいから、
それはもうぎゅんぎゅん泳ぎ回った。
わざわざメバルの前を通ってやった。
これがぶいぶい言わすということね、と思った。


佐野の目張りは、
佐野の威勢の良い泳ぎによって崩れ、
佐野の目の上下には
眉毛とくまと両方あるかのようだった。


メバルは佐野に、化粧の崩れを指摘してあげなかったけれど、
佐野のことはもう憎く思わなかったし、
濡れ衣を着せられた思いもどこかへ行ってしまった。


しばらくしてメバルは、
佐野に岩のりの佃煮を届けてやった。

「こんにちは。ちょっと作りすぎちゃって。これ。」


佐野は、後藤がいろいろやってあげたくなるのも分かる、
ある種の魅力のある魚だった。
それだから佐野は、物をもらうことには慣れていて、
メバルの岩のりになんの疑問も感じなかった。


(柴)



これは20年前に実在したキョンシーのお話。
えーひとえにキョンシーなんて言いましても、結局は人間の死後ってんで
人間同様、うんいろんなタイプのキョンシーがおりましてね。
キョンシーだって人間関係にはストレスを感じるわけですよ。
人間の世界でどんなに恵まれた、うんそれは家庭環境うんぬんじゃなく、
持って生まれた素質ね。うん素質と言っていいのかまー性格、そう、どんなにできた人間であっても
キョンシーに噛まれちゃあそりゃあんた、キョンシーになるしかなかった時代でしてねえ。
近頃じゃ格差社会なんて言葉もありますがね、うんとにかくキョンシーが噛めば、
どんな金持ちも貧乏もよい子悪い子普通の子、じーちゃんばーちゃんお孫さん、
うんみーんな平等にキョンシーとして
生き血を求めなきゃってんだから。うん皮肉な話でねえ。


きょうからお世話になります、ってんでやってきたのは噛まれたてのプー子だね。
くまのプーさんが好きなもんだからそう呼ばれてた。本人談。
顔は白く塗ってまゆげ剃られちゃって、目の周りはただの目張りじゃないよ、
キョンシー仕様だから。
しかしまあプー子はやる気がなかった。
それは噛まれる直前まで考えていたことが噛まれてもなお気掛かりだったから。
プー子は噛まれた日の朝、模範人間のような人を見たってんだ。うん電車の中でね。
その人、じゃあまあ名前をマリ子さんにしときますがね、
マリ子さんはご老人に席を譲ったんだよ。プー子はそれはそれは衝撃的だった。
テロだって。プー子はテロされた気がしましたって言うんだねーうん。
プー子にはできん..。これが心中。
直後、そのマリ子さんの周りに花畑が広がり、たくさんの人たちが慕い、
手を取り合い、マリ子さんの話を聞き入っていました。
まあこれはプー子の思い過ごしなんだけどねえ、うん。
「私たちにできることを、些細なことでいいのです。
この世で苦しむ人がいる限り、残酷な事件が絶えない限り、傷つけ合うことをやめない限り、
私たちにできることを探し続けましょう。
ひとりではむずかしいことです、でもここにいる私たちが一緒になることで、
それは続き、そして大きくなるのです。
私はこのありきたりの行動を、信じてやみません。」
プー子は戸惑いましたよ。
だって、花畑でたくさんの人に囲まれているように見えたマリ子が
そんなことを言っているように見えたマリ子が
こっちを見てやさしく微笑んでいるように見えたんだから。
正直胸を打たれました。本人談。それをテロってんだからプー子もうまいこと言う人でね。
たしかにプー子も同じようなことを考えたことがありましたよ。
連日報道される事件、傷ついた友だち、世界中のあらゆること、
目をつぶりたくなるような気持ち。
自分になにができる?もち食ってる場合じゃないし!
とここまで考えたことはあったな、でもこれじゃ10パー。がんばって20パーじゃん。
がーん。20パーだって、プー子あの人の20パーだって。
プー子は恥ずかしくなった。なにがプー子だ、と思った。
本名はエリ子です、と思った。
と、エリ子がキョンシーに噛まれたのはそのときでした。
そしてキョンシーになった今、生き血を吸いなさいねー言われても。
できるかって。
マリ子噛めるかって。本人談。
でもこれはキョンシーの世界のルール。
こっちの世界で生活をしてゆくのはエリ子であって、これは死活問題ですよ。
エリ子はやけっぱちになってマリ子を水辺まで追い込みました。
するとエリ子は思い出しました。
「私たちにできることを...」マリ子が言ったような気がした言葉。
あの当たり前のような偉大なような言葉をね、思い出したってんだようん。
無茶言うんじゃないよ、だからこっちは死活問題だって、
て1度は思い直したがやっぱエリ子は立ち上がった。
立ち上がって1度ものすご青い空を見上げました。
テロリストマリ子!負けへんで!これは心中。
エリ子は関西方面の人でした。
そしてあほのフリして他のキョンシーたちの作業を止め始めました。
しかしキョンシーは大勢であり先輩でしたのでエリ子は
げんこつ、しっぺ、こちょこちょなどのお仕置きをされるいっぽうだねうん。
「まーまー聞いてや。私たちにできることを、痛、だから些細なこと、あうちっ」
なかなか聞いてもらえない先輩たちの間からマリ子が見えました。
マリ子は親指だけ伸ばした手をバチっとこっちに向け、
なんかのコマーシャルみたいに笑顔でウインクしながら走ってゆきました。
エリ子はぐちゃぐちゃにはなりましたが、最終的に先輩たちとは
無茶やる子だねえってんで、雨降って地固まる、みたいな感じでいい感じになり、
キョンシーの友だちがたくさんできました。
最近見ないでしょ、キョンシー
そーゆーことだのよこれがうん。
(脇)