文章「大きな子小さな木」

ナンナンナンナン
ナー
ナナナンナン
へー

ナンナンナンナン
ナー
ナナナンナン
へー

一回目のへーより二回目のへーの方が
半音下がります。
たしか、ラからソ♯に下がります。
黒人女性歌手を真似した白人女性歌手が歌っていると思います。
多国風レストランバーでかかっています。
その曲が、よく親しんだ曲だというのだけ分かります。
深夜ラジオの、トークトークの間に、
時間稼ぎのように長々とかかっていた
曲だったようにも思います。


小林旭がアキラと呼ばれるにふさわしかった、
アキラ若かりしころ、
汗を流しっ放すのが男で、
汗の量は多いほど男で、
そのためなら
大口取引にも打って出ました。
それくらいのこと男なら
あの娘をペットにしたくって
ぐらいのこと歌いました。
アキラがなにをためらうだろうか。
アキラがためらうことを時代が許さなかった。


茅ヶ崎鉄っちゃんが療養していたころ、
鉄っちゃんは知人の丘さんから
丘さんのお宅のお嬢さんの
肖像画を頼まれて、
江利子さんといっただろうか、
その江利子さんに謎なほど気の利いた水着を用意するは、
肖像画を攻めすぎず守りすぎずで仕上げるは、
ちゃんちゃらおかしい、ちゃらちゃらした感じだったんだけど、
鉄っちゃんも亡くなって
何年も何年も経って
その江利子像を見ると、
ただただ いいなー かっこいいなー
という絵だった。
「すかした感じ」ってのは揮発性なんだね。
その感じはどこか行っちゃうから、気にしないで
すかせば?


俺は、緊張感を持って、自分の行動が分相応より
さらにもう一段階ひかえめになるように
気をつけて暮らさないと、
人に話しかけられただけで、
お前は身の程知らずの贅沢をして醜いと
言われたかといつでも勘違いしてしまうから、


こういうの考えたんだけど、一首。


■白湯こそが欲しくて白湯を与えられ白湯を飲めたと気持ちを詐称


そこでだ。そんなときには
気持ちを偽らないこの話題。


君が代は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔の生すまで

「千代に八千代に」 で自己世界への集中がにわかに高まり
「さざれ」 で予感が押し寄せてきて
「石の」 でツーっと涙が流れてもそれで普通だ

と思わせるようないい曲ではないでしょうか。
実に、個人的に楽しめる曲です。



(柴)



歌は世につれ世は歌につれ。
それではおおくりしましょう丘エリ子で「君がYO」。どーぞ。
ナンナンナンナンナー
ナナナンナン へー
ナンナンナンナンナー
ナナナンナン へー YO!


とエリ子は自分で振り、自分で歌いました。
二回目くり返したあとにYO!が付くラップの歌でしたこの君がYOは。
一回目のあとにはYOは付きませんでした。
独り言と、鼻歌では収まらない独り熱唱の融合。周りが見えていない様子の極み。
まあ今回に限って言えば、エリ子は現在1人であるので周りが見えていなくても問題はなく、
きのうの晩ときょうの昼にも食べたカレーをまた食べるエリ子の内臓を
カレーだけが流れているんだろうと思うと、シンプルでいい。
エリ子はたまに、胃の中に様々なものが入り腐敗していく様子を思い
具合が悪くなることがありました。ですから、シンプルイズベスト。チェケラ。
エリ子の体内シンプル化計画は、鼻歌では収まらないラップを歌ってしまうほどに
ごきげんな行ないでした。
カレーを食べたエリ子は早々にホームランバーを欲しコンビニへ。
アイスは溶けるから問題ないのよ。
ごきげんなエリ子は座り込んでいるカップルに、別れないでね、と目で訴え、
ホームランバーとジャイアントコーンを買って帰りました。
本当はカップルはそこで大口取引きの最終段階、「受け渡し」
の過程に入らんとしているとこでしたが、とにかくエリ子は、別れないでね
と目で訴えずにはおれないくらいにごきげんでした。


いやなんです あなたのいつてしまふのが
といった緊張感のあるセリフも、今ならちゃんと口から出てくる。
エリ子は真剣にリラックスしている今、先週のことを振り返り、
なぜこのセリフ、あのとき思いつかんだったのか。
本当に思っている言葉はなぜ大事なときに思いつかないのか。
この由々しき問題について、今度はあきらめずにアイスを食べながら考えてみるのでした。
そうエリ子は先週2度、本当に思っていることを言い逃した。


1つは、
マイトガイが、茅ヶ崎への小旅行を誘ってきました。
マイドガイはエリ子が心の中で使っている呼び名で、だって彼は
小林旭を歌わせたくなるような腹から出る低い、すごくいい声で喋る。細川俊之みたいに。
エリ子はその声がツボでした。
その声で、
サザン、サザン、
と言う。
彼がサザンオールスターズ好きで茅ヶ崎に行きたい気持ちなのは
エリ子がぬりかべ好きで境港の鬼太郎ロードに行きたいのと
とても近いものだとはわかったけど、
なによりもエリ子はサザンにそこまで興味がなく、マイトガイに関しても然り、だった。
なのにとっさにでた言葉は
その日は家の法事でして。
といった、ほんとっぽいけどうそっぽいいい加減なセリフでした。
のちに、もっといい回答が死ぬほど思いつき、
エリ子は考えるのをやめたのでした。


2つめは、
フレックスに、言えなかった。
フレックスはエリ子が彼に対して怒ったときに心の中で使っている呼び名で、だって彼は
帰りがいつも遅く、下手したら昼まで寝ている。
二言めには、フレックスだから、などと言い、気持ちのいい朝のことを知らない。
エリ子は正直、フレックスうっさいよ、と思ったことが何度となくありました。
そのことを例によって口には出さず、遠回しに態度で示したことで罵倒し合い、
フレックスは仕事から帰ってこなくなりました。
でもエリ子は後悔しませんでした。エリ子にだって不満はあった。
そして考えるのをあきらめていました。


1週間くらい経った今、真剣にリラックスしたエリ子は
久々にこんなに真剣にリラックスしたのでちょっと新鮮でした。
これもまた悪くないよね。ちぇけら。
しかしがんばってリラックスしてはみたものの、咳をしてもひとり。
恐ろしやー恐ろしやーエリ子はひとりのさびしい感じを思い出し、
それを忘れようと白湯とお酒を用意し呑んで忘れる演歌的手法を取り入れました。
テレビも付けてみましたが、お江戸でござるはもうずいぶん前に最終回をむかえていました。
演歌的手法は呑んで忘れようとすると同時に、それでも未練がましい手法なので
エリ子は立ち直れなかった。フレックスのことも、お江戸でござるのことも。
そこで一首出てきました。
さよならから はじまることが あるんだよ 本当のことは 見えてるんだろ
それは一首とゆうか、サヨナラCOLORでした。
そしてエリ子はフレックスに言った。
いやなんです あなたのいつてしまふのが
マイトガイのことは、今やてんで覚えていない。